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ようきなきゃく
陽気な客
山本 周五郎
「苦楽」苦楽社、1949(昭和24)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,086 字 · 46 页
――おれがなにをしたかということはひと言では云えない。ただ原稿を書くこと以外は、……なぜってさいわいおれにはまだそんな様なものを書く手腕も見識もなかったから、……それだけはしなかったがそれ以外のすべてのことをやったわけだろうさ。
――おれは印刷工場へも使いをした。その工場は阪急線の石屋川というところにあったんだが、そこへゆくと幾たびかしら近くの飯屋でひるめしを喰べた。なんとも云いようのない喰べ物だった、おまけに窓から向うに六甲の山がみえる、まるで真空のように空気が澄んでいるからなんだろう、山の白茶けた岩肌やところ斑らな松林なんぞが、眼に痛いくらい鮮明にみえるには弱った。秋、というと突然みたようだが、そんなふうな悟ったような澄明な秋の山なんぞというものは、そのときのおれの立場としては共鳴するわけにはいかなかったんだ。おれは今だってそんな秋の山なんぞは見たくない。
「ひとつ、今夜いっぱい、やるか」
ある日の帰りがけに、がまんを切らしたというような顔つきで仲井天青がそう云った。子供が親になにかねだるときのような、こっちの顔色をうかがうような、顔色だった。