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ようきなきゃく
陽気な客
山本 周五郎
「苦楽」苦楽社、1949(昭和24)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,086 字 · 46 页
天青は情熱に燃えたわけなんだ。うす汚ない小さな酒場の隅で、土間を下駄で踏みにじり、白粉の剥げたようなぶくぶくに肥った女給の首を抱き、ふいに浪花節でオセローのせりふを喚きだし、ぐいぐいと麦酒を喉へながしこんだ。
「諸君、脱帽したまえ、ここにぼくがいる、ぼくが仲井天青だ」
そして女給の頬ぺたへ吸いつき椅子ごとぶっ倒れてへどをついた。……冷静にみれば、多少は興ざめでなくはない、おれにしたってそこまでは断言しない。が、ともかくも天青は燃えていたんだ。
――なにを云うか、それが狂態だといって誰に嗤う権利があるか、人間が純粋になればなるだけ、俗人どもには滑稽にみえるだろう、それがなんだ、天青は燃えていたんだぞ、名声や利欲のためじゃない、なんのためというわけじゃない、彼は芸術への情熱に全身を燃やらかしていたんだ。なにを云うか、さあ云え、いったいきみたちに彼以上のなにがあるか。……人間には平和や家庭や健康で優秀な妻子や、きちんと貰える月給のほかにも大切なものがあるんだ、そのために身を削るほど苦しんでいる者だっているんだぞ、ばかにするな。
――十一月の月給日のことだった。