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かぜ

風

壺井 栄

「文芸」1954(昭和29)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,702 字 · 78 页

青空文庫

Hがふんぎりをつけて、

「じゃあ。」

というと、それを待ってでもいたように、扶佐子はいきなり茂緒にかじりついて、わあわあ泣きだした。銀座の大通りにはまだ人が多かった。

「奥さんと、別れるの、いやあ。」

幼い子供のようにじだんだをふむ扶佐子になかなか呼吸が合わず、茂緒はだまってその肩を抱いていた。扶佐子は茂緒たちの新しい家までついてきてとまった。彼女はもう多枝とも別れてひとりだといった。多枝のことをきいても、まるで、ゆきずりの人の消息でも語るように冷淡だった。多枝の小説のことをいっても、ふんという顔をした。Nのことについては、

「――わたしが働いて帰ってきたら、Nさん、よその女とねてるじゃないの。そしてわたしに出ていけっていうのさ。出ていったわよ。それだけさ……」

朝になると、彼女は二階の窓から田圃を見わたして、大声で、らっぱ節を歌った。

たたたた たたたた 田の中で

その素朴な猥歌に茂緒はびっくりしてしまった。扶佐子は上機嫌で帰っていった。茂緒は、しらずしらず扶佐子に重荷を感じていたことに気づき、薄情なのだろうかと自分を顧みたりした。しかし別れてみればやっぱり心に残り、なつかしくもなる扶佐子だった。