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かぜ
風
壺井 栄
「文芸」1954(昭和29)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,702 字 · 78 页
彼女の足はひまがあるとHの家へゆきたがり、Hの細君と親しんだ。太子堂の森かげをNやIが去ってから、若い息吹きはH家に集まり、Hの妻の操子は何となく客のために立ったりすわったりに忙しそうだった。暮しの乏しさは、NやIと同じで、子供があるだけ深刻だったが、自分と同じように家庭の外に夢をもたぬ彼女に、茂緒は、多枝や扶佐子の場合とちがう安心感でつきあえた。どちらを向いても貧乏しかないこんな生活の中で、彼女はいつもにこにこしていた。あるとき茂緒は、操子にさそわれて近くの映画館へいった。めずらしいことだった。操子はうれしそうに眉をあげて、
「今日はぜんぶ私がおごるわね。ね、例の悲劇の手紙をK紡績へ出したのよ。そしたら、ほんとに二円きたわ。」
ぺろっと舌を出し、はっはっとかわいらしく笑った。多枝の声のない笑い、扶佐子のげらげら笑いにくらべて、少し力のない、それはじつにかわいらしい笑い声だった。しかしさすがに気にもなるらしく操子は自嘲的に、
「ね、あぶく銭でしょ。みんなつかっちゃおと思ってさ。」
彼女は、まず支那そばやへ腹ごしらえに入った。そして湯気の立つラーメンに一箸つけると、