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ぎょもん
魚紋
吉川 英治
「冨士 臨時増刊号」1936(昭和11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,582 字 · 30 页
三
『はてな?』
かまきりの伝九郎は考えた。
彼だけはまだ何も知らないので、この現象が不審でならなかった。
『――おかしいぞ。春作が、いやにそわそわしている。玄庵の奴も、来ても、妙に腹に一物という風だ。……山岡屋が誰よりも変だし、彼のするどい薊の眼にも、何かこの頃、思惑があるらしい』
頻りと、犬のように、人の顔つきを嗅いでいたが、分らない。
お可久に聞いても、笑っているだけなのである。
すると、或る夕方。
『伝九郎さん、一杯、交際ってくれませんか』
と、山岡屋が誘う。
どこへ引っ張ってゆくかと思うと、深川の櫓下妓まで呼んで、この男にしては、解しかねる散財だった。
『時に、折入って、頼みがあるが』
と、果して、その晩の帰り途、こう切り出しての話に、
『うまく行ったら、百両やるが、乗らないか』
『途方もない儲け話だが、何だい、それは』
『一人、殺ってもらいたいのだ』
『人間をか』
『当りまえだろうじゃないか』
『待ってくれ、百両で人ひとり……。相手に依るなあ』
『薊だ』
『……えっ、あいつを』
三
書肆からは頻々と矢の催促をうけるので、版木彫と刷をひき請けている彫兼の親爺はきょうも、絵師の喜多川春作の家へ来て、画室に坐りこんでいた。