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ぎょもん

魚紋

吉川 英治

「冨士 臨時増刊号」1936(昭和11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,582 字 · 30 页

青空文庫

二

『先生、ひとつ診て下さいませんか。どうも又、持病のせいか、頭脳が重くて』

と、力のない顔いろをして云った。

『陽気がわるいでの……この入梅では』

玄庵は、すぐ処方してくれた。碁盤を出して、挑んだが、山岡屋は、今日は碁もすすまないと云って、

『如何でしょう、こんな日には、少し気散じに、辰巳へでも行って陽気に騒いでは』

と、外へ誘った。

好むところと云わないばかりに、玄庵は支度にかくれた。そして煎薬を自分で沸てて来て、

『これを一杯飲んでゆくがいい。すぐ頭が軽くなろうで』

と、すすめた。

山岡屋は、煎薬をのんで待っていたが、いつ迄、玄庵の姿が出て来ないので、

『先生、まだですか』

起ちかける、がくっと、両手をついて、首の根を前へ折るように垂れてしまった。――ご、ご、ご、ご、……とその唇から黒い血を吐いているのである。何か叫ぼうとするらしく畳へ爪を立ててもがいていた。

二

縁日へ行ったと婆やがいうので、玄庵は、二階で待っていた。初夏の若葉のにおいがする晩だった。

『婆や、この頃は、山岡屋も、かまきりも、ちっとも顔を見せんのう』

『ほんとに、皆様が、ばッたりなんでございますよ。