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ぎょもん

魚紋

吉川 英治

「冨士 臨時増刊号」1936(昭和11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,582 字 · 30 页

青空文庫

四

そこらにこぼれている白い碁が数えられる位なのだ。薊は幾度も身を逆しまにして、そこに眠っている黄金の網の袋へ、手をのばした。

何十回目かで、彼は、遂につかんだ。

『七百両』

と、水の中で彼の心臓はさけんだ。

だが――それを確乎と抱え込むと、今度は、体が彼の思うように浮かなかった。金が、何尺か河底の沼土を離れたと思うと、再び、体のほうが、金の力に持ってゆかれて、ぶくぶくと底へ引き込まれる。

『七百両だ』

そればかりを、薊は思っていた。水は、真っ黒に濁って、彼をつつんだが、彼は掴んでいる物を死力をもって掴んでいた。

四

夜明が近くなる――

半刻、一刻と経っても、薊は浮いて来なかった。

遂に、二刻も経った。

『死んじゃったのか知ら?』

お可久は、ぞっとした。青い青い水面のさざ波は、魔の淵を思わせた。

『――お可久さん、お可久さん、後生です、この縄を解いて下さい。そして、私はもう諦めているんだけれど、町画師の春作というしがない男が、昔、江戸の裏町の隅ッこで、凝と、お前さんを想いつづけていたという事だけを覚えていておくんなさいね。……それだけだ私が、云いたかった事は』