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ぎょもん

魚紋

吉川 英治

「冨士 臨時増刊号」1936(昭和11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,582 字 · 30 页

青空文庫

二

――戸外まで顔を貸してくれませんか』

『馬鹿を云っちゃいけないよ、この降りに出られるものか。ここは心やすい家だから、何も気づかいは要らないぜ』

『でも、何うもその……』

煮え切らない男だった。第一風態を見ても、職業がわからない。屋敷仲間でもなし、若党でもなし、凡の町人とも見えないのである。

お可久は、後に立っていたが、

『じゃあ、二階が空いているから、二階で話しては何うですか』

すると、雨の中で、考え込んでいた合羽の男は、

『あ。……そう願えれば』

と、救われたような顔をお可久へ向けた。

二

パチ――と一石布いて、かまきりが、横を向き、

『師匠、今、二階へ上って行ったのは?』

『知らない人さ』

『でも、山岡屋が一緒だろう』

『何か、内密話があるっていうから、二階を貸してやったまでさ』

『情婦か』

『嫉くような筋じゃない。何処の者かしらと思って、今、その男の脱いで行った合羽を見たら、裏に伝馬役所と黒印が捺してあるじゃないか。ホホホホ、伝馬の牢番か何からしいんだよ』

『牢番が。……牢番が何して来たのだろう』

と、これは喜多川春作が呟いた。

玄庵の打った石へ、すぐ白を一石打って、かまきりも話に口を出した。