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ぎょもん
魚紋
吉川 英治
「冨士 臨時増刊号」1936(昭和11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,582 字 · 30 页
三
そ、そんな大それた野心を持って居るんじゃありません。ただ……』
『ただ? ……何だ』
『お可久さんに、一言、話をしたいと思って、あなた方が今夜、花屋を出る所からお後を慕って来たんです』
『何だと、俺たちを尾行て来たって。……はははは、呆れけえった男だ、おれとお可久と、こうして仲よく旅立つ姿を見ても、腹も立たずに、指を咥えて、後から見ていたのか』
『私は、一言、お可久さんに最後の事を云いたかったんです。それで、諦めるつもりだったんです』
『こいつにゃあ、刃物を出す気にもなれねえ。お可久、おれが川から金を揚げてくる間、何とか一言云ってやんねえ、生霊が取ッ憑くといけねえや』
『いやだよ。私は……』
『罪ほろぼしと思ってよ』
薊は、春作の体を、橋の欄へくくりつけて、そこへ、自分の帯を解き初めた。
脚絆わらじは元より、着物をすべて脱ぎ捨てる。そして、腹巻一つの真っ裸になると、魚のように、身を翻えして、川の中へ躍り込んだ。
三
大きな波紋の下に、薊のすがたは暫く沈んでいた。
天竜川育ちと、自分でも豪語していたが、彼の水の中の動作は鮮やかであった。
水深の底の底まで、月明りが届いていた。