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ぎょもん

魚紋

吉川 英治

「冨士 臨時増刊号」1936(昭和11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,582 字 · 30 页

青空文庫

とてもこれでは、商売にならないというので、私にも、とうとうお暇が出てしまいました』

『ほ。ここを仕舞うって』

『あ……お帰りなさいました』

婆やと入れちがいに、お可久は、縁日で買って来た葵の鉢を持って上って来た。

それから、酒が出て、玄庵は晩くまで話しこんでいた。頻りと玄庵は今夜は彼女に返辞を迫った。お可久の返辞次第では、今の高橋の門戸をたたんで、大阪へ出て、家を持とうというのだった。そして、近いうちに大金が入るから、それを機にともつけ加えて云う。

『泊っていらっしゃいな……』

お可久のほうからそういった。玄庵は、杯を措くと横になってしまった。

――だが翌日になっても、翌々日になっても、玄庵の姿は、この家から出て行かなかった。

その代りに、薊の姿がチラチラ見えた。婆やは、風呂敷づつみを持って、暇乞いをして自分の家へ退がって行った。――翌晩、薊は、お可久にも手伝わせて、畳を上げて床下を掘っていた。血みどろになった玄庵の死体が、蒲団ぐるみ、土の下にかくされた。蝋燭の白い斑点も、畳の下の秘密となった。

碁会所だったそこの小門に、やがて、貸家札が貼られた。――それから数日の後である。