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なるとひちょう
鳴門秘帖(三)
吉川 英治
吉川英治『鳴門秘帖(三)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:鳴門秘帖、鳴門秘帖、鳴門秘帖。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 261,216 字 · 521 页
お綱は、泣けるだけ泣いた。心ゆくばかり、泣くよりほかにない恋である。
船はゆるい川波に揺れ振られている……。
男の胸に食い入って、しゃくりあげている姿は、やがて、寒気にでも襲われたように、ワナワナとふるえだした。乱れた着物の裾から、お綱の足の拇指がはみだして見える。――弦之丞は、ギュッとこわばってゆくその白い足の指を見つめたまま、黙思していた。
「どうしたのだ……お綱」
と、弦之丞は、衝たれた驚きから、やがてさめて、お綱の体を、起こしかけた。
涙に濡れた女の顔は、重たく粘く、やさしい力では、容易にひしとすがった男の膝を離るべくもない。
「泣いていたのでは、理由がわからぬ。わけを申せ、これ」
と、なだめるように訊かれる言葉が、何とはなしに、またかの女の新しい涙を誘った。
ひとつは、かかる夜舟の泊りに、ひしひしとさびしみの迫る、旅愁というような気持も、この夜、お綱のわれとわが恋を、極度に、いとしませたものかもしれない。
人一倍、苦労もし、世間の浪にももまれているお綱、男を男とも思わぬ筈であるお綱が、不思議と、弦之丞の前にある時は、いつも柔順で無垢な一処女であった。