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あすなろう

あすなろう

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1960(昭和33)年8月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,925 字 · 41 页

青空文庫

文次はそっぽを向いた。

「そうだ、そのほうがいい」と男は云った、「こんなところで男をあげたって三文の得にもなりゃあしねえ、政、――邪魔あしたな」

「とんでもねえ、親分」

「よしゃあがれ、てめえに親分なんて呼ばれるほど落ちゃあしねえや、こんど親分なんて云ったら承知しねえぞ」

「黙ってろよ」と文次が政に顎をしゃくった、「ふところに十手を呑んでれば天下さまだからな」そして男に云った、「おまえさんのこっちゃあねえぜ、和泉屋の親分」

「ありがとうよ」と男は冷笑した。

男は元のところへ戻って勘定をし、そのまま外へ出ていった。小女が酒を持って来、政はまた茶と調合しながら、いったいどうしたことだと文次に訊いた。

「あんなに突っかかってよ」と政は云った、「先はなんにも云わねえのに、こっちから突っかかるなんて気が知れねえ、おらあはらはらしちまったぜ」

「岡っ引はでえ嫌えだ」文次は土間へ唾を吐いた、「世の中に岡っ引くれえ嫌えな者はありゃあしねえ」

「なにかあったのか」

「この干物はまずいな」文次は箸で肴を突つき、「こいつはくさやの」と云いかけて、その言葉を刃物ででも断ち切るように、ぴたっと唇をひきむすんだ。