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おごそかなかわき

おごそかな渇き

山本 周五郎

「朝日新聞日曜版」 1967(昭和42)年1月8日~2月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,042 字 · 71 页

青空文庫

三

「あたし十日くらいも、泣いてばかりいたわ」りつ子はきれいな歯を見せて恥ずかしそうに頬笑んだ、「だって夜になると狐がなくんですもの」

「きょうだいはりっちゃん一人なの」

「兄さんがいたんですって、でも三つぐらいで死んだって聞いただけで、あたしちっとも覚えていないの」

「ここでは学校にはいっていないの」

りつ子は頷いた、「中学は吉野村に分校があるのよ、でもここから八キロもあるし、涸沢を渡る舟が、ちょっと雨が降ると停ってしまうでしょ、だからあたし、うちでお父さんに教えてもらってるのよ、お父さんは東京で中学校の先生をしていたから」

松山隆二はりつ子に聞えないように、ながい溜息をつき、脂じみた薄い夜具の上へ横になった。

「ごちそうさま、済まなかったね」と彼は眼をつむって云った、「少し眠らせてもらうよ」

りつ子は食器を片づけながら、おじさんはこれからどこへゆくのと、きいた。

「東京さ」と松山隆二は眼をつむったまま、もの憂そうに答えた、「――ゆけるかどうか、わからないがね」

三

松山隆二は五日めには起きられるようになった。この家の主人とは、寝ているうちに一度だけ会ったが、殆んど話らしい話はしなかった。