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おみつかんざし

お美津簪

山本 周五郎

「キング増刊号」大日本雄辯會講談社、1937(昭和12)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,158 字 · 26 页

青空文庫

五

「もう一度だけだ、今夜っきりでおさらばなんだ、これ一度だけやろう」

正吉はそう決心した。――場所は横網の葉名家と聞いている、それはこれまでも仲間が度々使った小料理屋で、むろん正吉もよく知っていた。

五

横網の河岸を五六間入ると、大きくはないが二階造りで、表に「葉名家」と軒行燈が出ている。――ようやく十時になったばかりであろう、間に合ってくれれば宜いと、勝手知った庭口から入った。

その時であった、右手の闇から一人の男がぬっと出て、

「何方様でござんすか」

とこっちを覗きこんだ。

「おらあ……」

と云いかけて正吉はぴたりと足を止めた、こっちを見込んだ相手の身構え、右手をふところへ入れて腰を浮かした恰好、――ひと目で岡っ引と分る。

――しまった、手が廻っている。

そう思うのと、

「御用だ!」

と相手の跳びかかるのと同時だった。

正吉は体を捻って、十手の一撃を避けざま、だっと相手に体当りをくれると、身を飜えして塀外へとび出した。

「うぬ待ちあがれッ」

岡っ引は追いながら呼子を吹いた、冴えた寒気を劈いて鋭い笛の音が流れた。

――捉まってなるか、どんな事をしたって一度長崎へ帰るんだ、ひと眼おっかさんに会うんだ、どんな事をしたって。