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つばくろ
つばくろ
山本 周五郎
「講談倶楽部 秋の大増刊」大日本雄弁会講談社、1950(昭和25)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,987 字 · 44 页
五
五
それから数日して、おいちは猿ヶ谷の湯治場へ立っていった。衰弱した躯の療養という届けを出し、供には松助という老僕を一人付けてやった。
供をさせる以上は秘密にはできないので、松助には事情をあらましうちあけた。すると初めはどうしても供はいやだと云って拒んだ。彼は父の代からもう三十余年も紀平に勤めている一徹で頑固で、人づきあいは悪いが正直な、いつもむっとふくれているような老人だった。
「さような不貞に加担するようなことはお断わり申します、私には勤まりません」
不貞に加担するなどという強い表現は、いかにも彼らしかった。高雄は彼に頭を下げた。いきさつの複雑さと、周囲の者に不審をもたせないためには、紀平家にもっとも古くからいて、親族や知友にも信用されている松助に供をして貰うよりほかにない。もしこの内情が漏れたら、紀平の家がどうなるかわからないのだから、こう云って頼んだ。
「なが生きをすると恥が多いと申します、こんなお役を勤めようとは夢にも思いませんでした」
松助は口惜しそうに涙をこぼした。
猿ヶ谷は城下から東北へ十里ほどいった、隣藩の領内にある山の中の湯治場で、五種類の温泉が湧くので名高く、ずいぶん遠くから病気療養の客が来る。