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ひやめしものがたり

ひやめし物語

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1947(昭和22)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,861 字 · 31 页

青空文庫

彼に限らずいったい柴山の家族は暢気者ぞろいで、誰も四男坊に就いて積極的に心配するようすがない、「そのうちなんとかなるさ」くらいの、ごく軽い気持でなりゆきに任せていた。

然し大四郎も、自分のいぶせき運命に気づく時が来た、彼は或る佳人をみそめたのである。名も住居も知らないし、そう美しいというわけでもないが、どうしようもないほど好きになってしまった。……彼は月づきの小遣を溜めて古本を購うのが道楽だった。百万石の城下でもそのころ古本屋などはない、藩侯がひじょうに学芸を奨励していたため、江戸、大阪、京都などの書肆の出店が五軒ほどある、それらで古書を扱っていたし、古道具屋などでもときに奇覯の書をみつけることが無くはない、臨慶史とか歳令要典とか、太平記人物考とか改元記などという史書は、彼の蔵書の中でも珍重に価するものであるが、これらはみな古道具屋のがらくたの中からみつけだしたものだ。買って来る書物はたいてい傷んでいる、頁が千切れたり、端が捲れたり、綴糸がほつれたり表紙が破れたり、題簽の無いものなども少なくない、それを丹念に直して、好みの装幀をして、新しい題簽を貼って、さいごに艸雨堂蔵という自分の蔵書印を捺すのだが、これがまた云いようもなく楽しい仕事で、かかっているあいだはまったく我を忘れるくらいだった。