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ひやめしものがたり
ひやめし物語
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1947(昭和22)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,861 字 · 31 页
いかに貧乏しても肌に一両の金を付けているのは、武士のたしなみである、仕方がないからその金を流用したわけだ。
「ではもういちどお検め下さい」こう云って彼は老人に紙入を返した。
「たしかに、こんどは間違いなくある」老人は入念に調べてから頷いた、「わざわざ届けて呉れてかたじけなかった、念のため姓名を聞いておこうか」
定番、柴山又左衛門の弟で大四郎と名を告げ、飄ひょうとたち去るうしろ姿を感嘆したように見送っていた八郎兵衛は、やがて振返って、「見たか梶」と呼びかけた。はいと答えながら、対立の蔭から婦人がひとり出て来た、老人の妻で梶という。
「たいへんな者だろう」八郎兵衛は奥へはいりながら、上機嫌でこう云った、「あの無条理をくって、理屈もこねず怒りもせず、自分の金を加えて出すところなどはたいしたものだ、肚が寛いとか心が大きいなどという類ではない、性分だ、おれが欲しかったのはあれなんだ」
「お人柄も、ゆったりと品がございました」
「八重の婿はあれにきめるぞ」
「そう仰しゃいましても貴方……」
「なに取ってみせる」老人は確信ありげに肩を張った、「おまえだってもし河重のありさまを見ていたらおれより乗り気になるだろう、なにしろ鯉のあらいから始まって……」