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ひやめしものがたり

ひやめし物語

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1947(昭和22)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,861 字 · 31 页

青空文庫

その娘がうまく婿を取る立場にあるとしたところで、男のほうから養子にゆこうという縁談はあり得ない、大四郎はもう諦めたようすで、こんどは正しく衒れながら、饅頭の皿を持って母の前から立った。

彼は四五日ぼんやりと過した。今まで考えてもみなかった四男坊の運命というものが、千丈の断崖でも眼の前に突立ったように、動かし難い巨きさと重たさで感じられ、幾たびも部屋の内を見まわしては溜息をついた。前例はいくらでもある。その中でも母方の叔父で中井岡三郎という、もう四十七八になる人のことが思いだされる。三男なのだが、その年になってもまだ部屋住で、尺八を吹いたり、庭いじりをしたり、暗い陰気な部屋で棋譜を片手にひっそりと碁石を並べたりして暮している。ひところ庭へ藍や紅花や紫草などという染色用の草本とか、二十種ばかりの薬草を栽培していた。

――道楽じゃないよ、とんでもない。

その叔父は人の好さそうな顔で笑いながら、左手の指で輪を拵えて、なにかを呷るまねをした。――これだよ、みんな飲み代だよ。

大四郎は、いまそのことを思いだしてうんざりした。それからまた身のまわりを眺め、すっかり装幀を仕直して積んであるのや、買って来たままつくねてある古本の数かずを見、北向きの窓から来る冬ざれた光りのさす、畳も襖も古びきった部屋の内を見やって、自分も