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へちまのき

へちまの木

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1966(昭和41)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,120 字 · 58 页

青空文庫

「とにかくとんびへゆこう」房二郎は店の番傘を取って云った、「話はとんびへいってからにするよ」

とんびの店はあいていなかった。二人はまた小網町の「沢茂」へいった。そこは船頭や荷揚げの親方などが寄るので、早くから店をあけているのであった。

「人間てな面白いもんだな」話を聞いてから、木内が笑って首を振りながら云った、「あの女狐は七日ばかりまえに、桜水の若ぞうと浮気をしやあがった、記事だねを持って来たとき、ちょび髭がいなかったんで、そのまま逢曳き宿へしけ込んだのさ」

「逢曳き宿なんて、初めて聞くな」

「この裏に幾らもあるさ、江戸じゅうどこへいったって不自由なしさ」と云って酒を啜りながら、木内は顔をくしゃくしゃにして、皮肉に笑った、「おまえさんは千石の旗本育ちだからわかるまいがね」

「ちょび髭はそれを知らないのかい」

「知ってるさ」と木内は云った、「まえにも云った筈だが、夫婦となれば、そぶりだけだってそんなことに勘づかねえわけがねえ、ちょび髭はちゃんと知ってるんだ」

「それなら今日なんぞ、どうしてやり返してやらないんだ」

「金だよ、房やん」木内はそのよく動く眼をぎろっとさせた、「ちょび髭は女狐の持ってる金を覘ってるし、女狐はそれをよく知ってる、つまりお互いに化かしあいをやってるってところさ」