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やぶからし
やぶからし
山本 周五郎
「週刊朝日増刊」朝日新聞社、1959(昭和34)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,476 字 · 44 页
「お床入りのことは」と夫人はちょっと心配そうに云った、「わかっておいでですね」
わたくしは、お床入り、という言葉さえ知らなかったが、知らないままで「はい」と答えた。それから寝所へ戻ると、夫人はわたくしを夜具の中へ寝かし、解いた髪のぐあいを直してから、枕の下を押えて、ここにございますからね、と囁いた。
そのとき良人になる人はどこにいたのだろうか、斎藤夫人は夜具を囲うように屏風をまわし、まる行燈の火を暗くしてから、殆んど音もなく去っていった。かすかに襖の辷る音を聞いたと思うと、まもなく良人になるあの方がはいって来た。そうだ、わたくしが寝所へ戻ったとき、あの方はそこにいなかったのだ。そして、斎藤夫人が去ってから、まもなくはいって来たあの方は、燗徳利を三本と、肴の小皿をのせた盆を持っていて、ふらふらしながら夜具の脇に坐った。
「寝ていていいよ」とあの方はこちらを見ずに云った、「勇気をつけるためにもう少し飲むんだ、おれの生涯で今夜ほど勇気の必要なときはないからな、うん」
わたくしは迷った。起きて給仕をしようか、寝たままでは失礼になりはしないか。あの方がそう仰しゃるのだから、このままのほうがいいのだろうか。