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パノラマとうきだん
パノラマ島綺譚
江戸川 乱歩
「新青年」博文館、1926(大正15)年10月~1927(昭和2)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 78,920 字 · 153 页
そして、ほっと息をつくと、今まで忘れていた恐怖が、吐き気の様に、彼女の胸にこみ上げて来たのです。
「サア、あなた、もう帰りましょうよ」
彼女は暖い湯の中で震えながら、夫の方をすかして見ました。水面から首丈けが、黒いブイの様に浮上って、彼女の言葉を聞いても、それは動きもしなければ、何の返事をもしないのです。
「あなた、そこにいらっしゃるのは、あなたですわね」
彼女は恐怖の叫声を上げて、黒い塊の方へ近より、その頸と覚しきあたりを捉えて、力一杯ゆすぶるのでした。
「ウウ、帰ろう。だが、その前にもう一つ丈けお前に見せたいものがあるのだよ。まあそう怖がらないで、じっとしているがいい」
廣介は、何か考え考え、ゆっくりと答えました。その答え方が一層千代子を恐れさせたのです。
「私、今度こそ本当に、もう我慢が出来ませんわ。私は怖いのです。ごらんなさいな。こんなに身体が震えていますのよ。もうもうこんな恐しい島になんか、一時だって我慢が出来ませんわ」
「本当に震えているね。だが、お前は何がそんなに恐しいのだい」
「何がって、この島にある不気味な仕掛けが恐しいのです。それをお考えなすったあなたが恐しいのです」