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パノラマとうきだん
パノラマ島綺譚
江戸川 乱歩
「新青年」博文館、1926(大正15)年10月~1927(昭和2)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 78,920 字 · 153 页
やがて、船は目的の個所に近づき、ガラガラという、舵器の鎖の音がして、方向を換え始め、同時に速度も鈍くなって来ました。
「今だ!」綱を離す時には、それでも、流石に心臓がドキンと躍り上りました。彼は手を離すと同時に、全身の力をこめて舷を蹴り身を平かにして、なるべく遠い所へ、丁度水に乗った形で、音の立たぬ様にすべり込む方法を執りました。
ゴボンという水音、ハッと身にしむ冷たさ、上下左右から迫って来る海水の力、もがいても、もがいても水の表面に浮び上らぬもどかしさ、その中で、彼は併し、滅多無上に水を掻き、水を蹴り、一寸でも一尺でも、スクリュウから遠ざかることを忘れませんでした。
どうしてあの舷の渦を泳ぎ切ることが出来たか、それから、仮令穏やかな海であったとは云え、しびれる様な冷水の中を、数町の間も、どうして耐えしのぶことが出来たか、後になって考えて見ても、彼にはその我ながら不思議な力をどうも理解出来ないのでした。
かくて、幸運にも計画の第一着手を、美事にやりおおせた彼は、疲れ切った身体を、どことも知れぬ漁村の暗闇の海辺に投げ出して、そこで夜の明けるのを待ち、まだ乾き切らぬ着物を着、変装を施して、村人達が起き出でぬ内に、横須賀と覚しき方向に向って歩き出すのでした。