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パノラマとうきだん

パノラマ島綺譚

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1926(大正15)年10月~1927(昭和2)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 78,920 字 · 153 页

青空文庫

八

左右には、まるで般若の面の様に、奥歯がすっかり現われる程に裂け、上下には歯ぐきが感ぜられる程も開いています。決して暗闇故の錯覚ではないのです。

それが又、彼を心の髄から震い上らせました。何も、死人が彼の手を噛むかも知れぬという様な、そんな恐れではありません。死人の肺臓が運動を停止してからも、口丈けで、呼吸をしようと、その辺の筋肉が極度に縮んで、脣を押し開き、生きた人間では迚も不可能な程大きな口にして了ったという、その断末魔の世にも物凄い情景が、彼の目先にチラついたのです。

前の人見廣介は、これ丈けの経験で、最早や精も根も尽き果てた感じでした。この上に尚、そのズルズルに腐った死体を穴から取り出し、取り出す丈けではなくて、それを処分する為に、更に一層恐しい、大仕事をやりとげなければならぬと思うと、彼は自分の計画が無謀極まるものであったことを、今更ながらつくづくと感じないではいられませんでした。

八

前の人見廣介が、仮令巨万の富に目がくれたとは云え、あの数々の激情を耐え忍ぶことが出来たのは、恐らく、彼も亦凡ての犯罪人と同じ様に、一種の精神病者であって、脳髄のどこかに、故障があり、ある場合、ある事柄については、神経が麻痺して了ったものに相違ありません。