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パノラマとうきだん

パノラマ島綺譚

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1926(大正15)年10月~1927(昭和2)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 78,920 字 · 153 页

青空文庫

T市の菰田家に急を知らせるもの、お寺に走るもの、医者に駈けつけるもの、野らも何もうっちゃらかして、殆ど村人総出の騒ぎなのです。

前の人見廣介は、やっと彼の仕事の反応を見ることが出来ました。この分なれば、彼の計画は満更夢に終ることもないようです。そこで、彼は愈々、得意のお芝居を演じる時が来たのでした。彼は衆人環視の中で、さも今気がついたという風に、先ずパッチリと眼を開いて見せました。そして、何が何だか訳が分らぬという面持で、ぼんやりと人々の顔を見廻すのでした。

「ア、お気がついた。旦那さん、お気がつきましたか」

それを見ると、彼を抱いていた男が、彼の耳の側へ口を持って来て、大声に怒鳴りました。それと同時に、無数の顔の壁が、ドッと彼の上に倒れかかって、百姓達の臭い息が、ムッと鼻をつくのです。そして、そこに光っている夥しい眼の中には、どれもこれも、朴訥な誠意があふれて、微塵でも、彼の正体を疑うものはありません。

が、廣介は、相手の如何に拘らず、予め考えて置いた、お芝居の順序を換えようとはせず、ただ黙って、人々の顔を眺める仕草の外には何の動作も、一言の言葉も発しないのでした。