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ヨブきこうえん
ヨブ記講演
内村 鑑三
丸の内の大日本私立衛生会館における内村聖書研究会においてのヨブ記講義、1920(大正9)年4月25日~6月27日、9月12日~10月10日、10月24日、11月21日、12月19日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 92,828 字 · 185 页
わが信仰の純正とわが行為の無疵とに恃む、これ何の時にもあるオルソドクシー(いわゆる正統教)である。ヨブはこの心理状態にありし故に災禍来るや忽ち懐疑の襲う所となり、エリパズらはこの状態を出でざりし故にヨブを慰め得なかったのである。ヨブの苦闘は、要するにこの誤想より出でて新光明に触れんがための苦闘である、すなわちすべての真人の経過する苦闘である。
◯七節―十一節もまた右と関聯せる思想として、ヨブ記解釈上注意すべきものである。「請う想い見よ、誰か罪なくして亡びし者あらん、義き者の絶たれし事いずくに在りや、我の観る所によれば不義を耕えし悪を播く者は……みな神の気吹によりて滅びその鼻の息によりて消え失す」というはこれまた実に当時の神学思想である。罪を犯し不義を計る者は皆亡び失せ、義しき者は禍その身に及ばずして益す繁栄致富するに至るというのである。すなわち人の成敗栄辱を以て、人の信仰及び行為の善悪に帰するのである。エリパズはかくの如き既成観念に照してヨブの場合を見たのである。故に見るに忍びざるヨブの惨落を以て、何か隠れたる大罪の結果ならんと思うより外なかったのである。