轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

ヨブきこうえん

ヨブ記講演

内村 鑑三

丸の内の大日本私立衛生会館における内村聖書研究会においてのヨブ記講義、1920(大正9)年4月25日~6月27日、9月12日~10月10日、10月24日、11月21日、12月19日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 92,828 字 · 185 页

青空文庫

――かく考えてこの場合を今日に活かすことが出来るのである。

◯しかしてエリパズの語りし処は如何。その中に美わしくかつ正しき思想を含まざるにあらず、されど要するにこれ当時の神学思想の発表たるに過ぎない。すなわち災禍は罪のために起りしもの、すなわち上よりの懲罰であるというのである。しかして事実かかる場合少からざるは、エリパズならぬ我らもまた人生において数多たび観取する処である。しからば何故ヨブは「しかり!」とこれに応じてその罪を告白しなかったか。何故六章においてその友の推定に対して激しき憤懣を放ったのか。彼のこの憤懣こそまことに愚なるものではあるまいか?

◯否しからず。罪は災禍の源たることあれど、災禍は悉く罪の結果ではない。もししかりとせばキリストは如何、パウロは如何、その他多難の一生を送りし多くの優秀なるキリスト者は如何。苦難迫害を以てその一生涯を囲まれたるキリストは、己の犯せる罪の結果を受けたのであるか。罪とはキリストと全くかけ離れた者ではないか。パウロ以下多くの信者は、勿論イエスの如き聖浄完全の人ではない。しかしながら彼らの受けた苦難災禍がその罪の結果でないことは明々白々の事実ではないか。