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ヨブきこうえん
ヨブ記講演
内村 鑑三
丸の内の大日本私立衛生会館における内村聖書研究会においてのヨブ記講義、1920(大正9)年4月25日~6月27日、9月12日~10月10日、10月24日、11月21日、12月19日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 92,828 字 · 185 页
しかしながら友人の誤解と難詰はヨブの思想を刺戟し、神を知らんとする熱情を益々高めし故、かえって彼を光明に向って導く原動力となるのである。この事を知るはヨブ記の主部(発端と結末を除きし部)を解する上において最も大切である。
◯前講において述べし如く、ヨブの語は友に対する語と、己に対する語と、神に対する語の三種に分たれる。九章十章のヨブの語の中、九章一節―二十四節は友に対する返答、九章二十五節―三十五節は己に対する語(すなわち独語)、十章全部は神に向っての愁訴である。そして九章前半の友に対する答は、友の神観の批評とでも称すべきものである。神は善人を栄えしめ悪人を衰えしむるとは、ビルダデらの神観であった。これに対してヨブは答えるのである「神が果してかくの如きものならば世のこの状態は何の故ぞ、善人かえって衰え悪人かえって栄えつつあるにあらずや」と。二十四節には「世は悪しき者の手に渡されてあり、彼れまたその裁判人の顔を蔽い給う、もし彼ならずばこれ誰の行為なるや」とある。これ世に悪人の跋扈するを神の業なりと認めて、神を嘲りし語である。しかし真の神を嘲ったのではない、友人の称する所の神を嘲ったのである。