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ヨブきこうえん
ヨブ記講演
内村 鑑三
丸の内の大日本私立衛生会館における内村聖書研究会においてのヨブ記講義、1920(大正9)年4月25日~6月27日、9月12日~10月10日、10月24日、11月21日、12月19日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 92,828 字 · 185 页
パレスチナにおいても、橄欖の如きはかくしてこれを老衰より少壮によび戻し得るのである。樹には復活あり人には復活なし、これヨブの悲歎であった。
◯植物に再生あるに比して人にこれなきを歎き、あるいはこれあるを望む。これインド、スカンデナビヤ等の各国の古文学に共通せる思想である。ヨブまた植物に再生ありて人にこれなきを歎く。しかもこの悲歎たる、実はこれ復活再生の希望の初現ともいうべきものである。この悲歎の裏面に、この希望が起りつつあったのである。そもそも植物は人間以下のものである。しかるに神はこれをしも再生せしむ、まして神の心を籠めての所作なる人においてをや――とは当然この悲歎と形影相伴いて起るべき推定である。根地の中に老い、幹土に枯るる樹木も水の香にあえば、忽ち若樹として再生するが如く、人はその体地の中に枯れその魂土に帰するも、一度神の霊の香に会わんか忽ち復生し、再び若くして地の上に立つに至るであろう――と黒雲の中に光明は隠見するのである。
◯第十一、第十二節も同じく悲歎である。「水は海に竭き、河は涸れて乾く」とは砂漠地にて常に目撃する現象である(海とは真の海ではない、池の如くすべて水の溜れる処をいうのである)。