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いちにんならじ

一人ならじ

山本 周五郎

「富士」大日本雄辯會講談社、1944(昭和19)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,312 字 · 21 页

青空文庫

心外なやつだというのを聞いて、大助はそちらを見た。なるほど、橋詰の石垣の下に手頃の丸太が四五本も転げていた。

「はあ……」

と彼は溜息をつきながら云った。

「少しも気がつきませんでした、申しわけのないことを致しました」

「おれにあやまることがあるか、自分の足だぞ」

又七郎がそう云ったので、兵たちが思わず笑いだした。手当が済むと再び二人の兵が大助を担ぎあげた。

「しかし思いきってなさいましたな、……」

担いでゆきながら兵の一人がそう云った。

「骨が砕けるときはさぞ痛かったことでございましょう」

「……さあ、どうだかな」

大助はよそ事のように答えた。

「それはいま切って捨ててきた足に訊くがいい」

「…………」

えっというように兵は顔をあげた。そしてその意味がわかると、「なるほど」と頷きながら、痛いと云わぬ栃木の日頃を思いだして二人いっしょに笑いだした。

武田軍の上州侵攻を聞いた上杉氏は、これまたすぐに兵馬を下野へ進めてきた。そこで晴信は箕輪城代に内藤修理をのこし、国峰へ小幡泉龍を据えたうえ、すばやく軍をひきあげて甲斐へ帰った。……このあいだずっと、大助は人に負われたり馬の背にかかったりしなければならなかった。