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かずえはいそがしい
主計は忙しい
山本 周五郎
「奇譚」1940(昭和15)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,315 字 · 37 页
市郎左衛門はその窓に倚って、鶯の鳴くのを聞いていた。まだ五十二の若さであるが、病弱になってから生やした顎髯が殆んど白く、骨立った頬やするどい眼のあたりに非凡な人のひらめきが感じられるけれども、全体としては憔悴の色がかなり強くあらわれていた。
「秋元侯はやかましいので評判だ、亘理や杉原では到底いけないだろう、そこもとはもう手一杯であろうし、お断わりするほうがよくはないか」
「私でよければまいります、決して手一杯などということはございませんから」主計はこう云ってすぐ次へ移る、「――奉納試合はどう致しますか、下谷の横川というのは慥か念流だと思いますが、ちょっとかんばしくない噂を耳にしたことがあります」
「こちらに総稽古があるからと云って断わるがよかろう、益もないことだ」
「はい、では私これから稽古に出ます」
接待へ戻って二人にそれぞれ返辞をし、出るしたくをしているとまた客だ。一人は相模屋吉兵衛という武具屋、これは道場で使う面籠手や竹刀の修理新調を扱っている。一人は大工の頭梁で、道場の一部を直す相談である。かれらとの話が済むなり石井勇作という内門人に道具を持たせて主計は出た。