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こじきがくせい

乞食学生

太宰 治

「若草」1940(昭和15)年7~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,682 字 · 68 页

青空文庫

「僕を木村武雄と呼んでくれ給え。」と言い足してみたが、私は、やはりなんだか恥ずかしかった。

「木村たけお。」佐伯は、うなずいて、「木村武雄くんと一緒に来たんだがね。」

「木村たけお? 木村、武雄くんですか?」障子の中でも、不審そうに呟いている。私は、たまらなくなって来た。木村武雄という名は、世界で一ばん愚劣なもののように思われた。

「木村武雄という者ですが。」私は、やぶれかぶれに早口で言って、「お願いがあって、やって来たんですけど。」

「おゆるし下さい。」意外の返事であった。「初対面のおかたとは、お逢いするのが苦しいのです。」

「何を言ってやがる。相変らず鼻持ちならねえ。」と佐伯が小声で呟いたのを、障子のかなたから聞き取った様子で、

「その鼻のことです。私は鼻を虫に刺されました。こんな見苦しい有様で、初対面のおかたと逢うのは、何より、つらい事です。人間は、第一印象が大事ですから。」

私たちは、爆笑した。

「ばかばかしい。」佐伯は、障子をがらりと開けて転げ込むようにして部屋へはいった。私も、おなかを抑えて笑い咽びよろよろ部屋へ、はいってしまった。

薄暗い八畳間の片隅に、紺絣を着た丸坊主の少年がひとりきちんと膝を折って坐っていた。