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じごくのししゃ

地獄の使者

海野 十三

「自警」1947(昭和22)年1月~1948(昭和23)年1月(5、6、11月は欠)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,419 字 · 152 页

青空文庫

その男は余人ならず、帆村荘六であった。

この帆村荘六は、さっき古堀医師が首を左右に振ったときに、それと共振するように首を左右に振った唯一の在室者だった。

古堀は、洗面器の握り栓をひねって、景気よく水を出した。そしてゴム手袋をぬいで、持参の小壜から石鹸水らしいものを手にたらして、両手を丁寧に洗った。

彼がタオルを使い出したとき、帆村がつと近づいて、相手だけに聞えるような声で、

「先生。おみ足のそばに鼠が死んでいます」

と注意した。

老医師はびっくりして飛びのいた。そして大きく目をひらいて洗面器の下を見た。壁と床との境目が腐れて穴が明いていた。その穴から一匹の大きなどぶ鼠がこっちへ細長い顔をつきだしたまま動かなくなっていた。

「愕かせやがる。大きな鼠だ。なにもわざわざこんなところで殉死しないでもよかろうに……」

古堀は、そういって帆村を見て軽く会釈した。

「御同感です、先生。……いずれ先生には、もう一度お目にかからせますでございます」

帆村は頗る妙な挨拶をした。冗談かと思われたが、彼は滑稽なほど取澄ましていた。

「えっ、何だって。はははは……。うむ、十時半か。