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なつむしあんどん

夏虫行燈

吉川 英治

「婦人倶楽部 別冊付録」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,200 字 · 37 页

青空文庫

四

では、其女はこの平四郎を、微塵も、好きだと思ったことはなかったのだな』

『ええ……。ただ、父から、生命の御恩人じゃ、忘れてはならぬ、有難く思わねばならぬと、何かにつけて云われていたので――何うしたら、それが貴方に映るかと』

『……ふ、ふ。そうか。それだけのものか』と、自嘲して――

『それが、拙者を弄り物にした証拠だ。だが小夜どの、きのうは他人の身、今日はわが身。――天は公平だな、あははは』

『今のお言葉は、それ見た事かという意味でございますか』

『元よりの事』

『解りました。さては、卑劣な謀み事をして、甚三郎様を墜し入れた下手人は……?』

『なにッ』

『いいえ! 貴方でございましょうが。問うに落ちず語るに落ちる、今の言葉、貴方の仕業にちがいないっ』

『――で、あったら、何うするか』

『もう、恩人とは云わさぬ。女ながら、萩井十太夫の娘、縄を打ってお城へ――』

『はははは。その細腕で』

『おのれっ』

お小夜は、抱えていた装束台を、小袖ぐるみ、相手の面へ投げつけて、次の突嗟に、短い刃を抜くや否、身を挺して、斬りつけて行った。

四

平四郎は、喝と、気当てを返して、

『洒落た真似をするなっ』