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なつむしあんどん

夏虫行燈

吉川 英治

「婦人倶楽部 別冊付録」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,200 字 · 37 页

青空文庫

荒川づたい

一

荒川づたい

一

『何うしたのであろう?』

立会の者の控え部屋では、当夜の検死を初め、役人たちが、顔を見合せていた。

『もう、九刻に近かろうが……』

『平四郎も戻らぬし』

『水装束もまだ届かぬというが』

云っている間に、その九刻は、髪切虫の啼く音のように、時計の間からギリギリと聞えた。

『いつ迄、待っても居られまい。――死罪の者に対して、猶予を与えなどしては、江戸表への御報告も偽りになる』

当夜の立会人のひとり――城番加役宮崎若狭守の子息市之丞がそう云って、真っ先に、執行に立った。

それに伴れられて、

『では、折角の望みだが、水装束も間にあわぬな』

『小袖はよいが、介錯は誰がいたすな』

などと口々に呟きながら、時刻と、市之丞の言葉に促されて皆、起ち上った。

『平四郎の戻りが間にあわねば、ぜひもない、介錯はそれがしがする』

この中では、市之丞が若かった。――で当然の意気らしく、それは響いた。

然し、御城番の次席である若狭守の次男なので、家柄としては、この中の誰よりも高い。それを老人達は、やや憚かって、

『いや、市之丞様のお手を煩わさぬ迄も、誰か、居らぬ事はござりますまい。