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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

「そいつは悪かった」河口はそう云いかけて、訝しそうに勝子を見た、「あにいがどうしたって」

「このざまだよ」勝子はまた手を振った。河口はその手のほうへ眼をやり、そこに寝ころんでいる増田を見て、ぼんやりと呟いた、「あにいだな」

河口は起き直り、もういちどよく慥かめてから云った。

「こりゃああにいじゃねえか」

「正躰なしなんだよ」

「じか足袋のまんまだぜ」

「初つぁんにあげてもらったんじゃないか、初つぁんもじか足袋のままだよ」

河口は自分の足を眺め、こいつはひでえ、とんだ右大臣だと云って、這いながら上り框のほうへゆき、土間へおりた。勝子もあとからついていったが、河口は暗い土間を見まわして、から弁当の包をみつけて拾いあげると、じゃあ、といって勝子に頷いた。

「あにきによろしく」と彼は云った、「おやすみ」

「おやすみ」と勝子が答えた、「お良さんによろしく云っとくれよ」

河口はゆっくりあるきだし、些かの誤りもためらいもなく、まっすぐに自分の家へいって、けえったよ、と云いながら格子をあけた。出て来た良江も、驚いたりまごついたりするようすはなかった。

「お帰んなさい、おそかったじゃないの」