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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

「猫かもしれませんよ」

「猫だって、――こんな物をか」

「このごろときどき、うちの中を通りぬけていく猫がいるんです」と八田青年は唾をのんで云った、「ずうずうしいやつでしてね、或るときは表から勝手へ、或るときは勝手からはいって来て表へというぐあいに、ゆうゆうとうちの中を通りぬけてゆくんです」

「近みちに当るわけか」と先生はヘアーピンを土間へ投げやりながら云った、「こんどそんなことをしたらだな、猫鍋にして食っちまうぞと威してやれ、人をばかにしたやつだ」

そしてまた或る朝。ふつか酔いのため食欲がなく、味噌汁ばかり啜っていた先生は、しきりに首をひねったり、上眼づかいに天床を見あげたりしたあと、きみはゆうべうなされてたか、と塾生に質問した。八田青年はこんどは狼狽の色もみせず、静かに先生に向って首を振った。

「すると夢かな」と先生は呟いた、「なんだかそのう、苦しそうに唸るんだな、ほそうい声で唸るんだ」

「猫ですよきっと」

「いやそうじゃない、きずげになりそだって云うのを聞いたよ、いや猫じゃないな、あれは」

「さかりのついた猫はおかしななき声を出しますからね、ぼくの田舎で本当にあったことですが、赤ん坊が死んだ赤ん坊が死んだという泣き声がするんですね、薪屋の裏のところで毎晩なんです、薪屋にはちょうど赤ん坊がいたんで、誰か恨みのあるやつ