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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

「そいつは困ったな」

「先生のほうはどうだね」と治助が反問した、「そのじくせえとかいう若ぞうの親もとはわかってるんだろう」

こんどは先生が首を振った。

「なら保証人は」

先生は同じ動作をした。八田忠晴が入塾したときの問答を思いだして渋い顔をし、治助はいきりたった。親もとも保証人もしらべずに人間いっぴき雇うのは、先生にも似あわない非常識なやりかたではないか、と責めた。

「そいつは法律違反だぜ」と治助は云った、「犬一匹飼うんだって鑑札を届けなきゃならねえっていうのによ、仮にも人間を雇うのに保証人もなしってちょぼ一があるかえ――先生なんてっても人はみかけによらねえもんだな」

「あれは雇い人じゃない」と先生は云い返した、「この憂国塾の塾生なんだ」

治助は溜息をついた。深くてばかげたほど長い、力のない溜息であった。塾生は雇い人ではないという先生の答えが理にかなったものかどうか、治助にはわからなかった。彼は溜息をつき、唇を指でつまみ、頭の毛を乱暴に掻き、また溜息をついた。

「で、その――」と治助は先生を見た、「先生はそのじくせえをどうする気だね」

「どうもしないな」と先生はおちついて云った、「大ビスマルクいわく、敗走する兵を戦線に返さんとするは、落花を枝に戻さんとするに似たりと、――ぼくは去る者は追わず主義だ」