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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
百姓はこいつはうまい客だと思ったようすで、熱心にその鮒と鯉の説明をした。マダムはそれをしまいまで聞いてから、けろっとした顔で百姓に問いかけた。
「あんた塩鮭持ってない?」ちょろは誇張した作り声でいった。「いやきみ、そのときの百姓の顔ときたら」彼はとつぜん笑いだした、「生きた鮒と鯉を眼の前にして、さんざっぱら説明させておいて、あんたしおじゃけ持ってない?」とまでいえず、ちょろははじけたように笑いだし、ついにはまたひっくり返って笑った。
七代目の唇がほんのわずかに動いた。ちょろは笑いの鎮静しかかる中で、その七代目の唇のあるかなきかの動きを見てとり、笑いおさめながら坐り直した。
「きみ、この話聞いておかしくないかい、ばんくん」
ばんくんはじっくり内省してみてから、おかしいと答えた。そこで春彦はまたきいた。
「しかし笑うほどじゃないのか」
ばんくんはこんどは考えなかった。彼はそのことでは常に自戒していたようであった。
「ぼくは笑うのは好きじゃない」と彼はいった、「――くたびれるからね」
その翌日、土川春彦は出ていったまま、家へ帰らなかった。
ちょろはおちつきのない空想家で、飽きっぽい饒舌漢なのだ。