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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
客があるとべつに茶を淹れることもあるが、たいていは同じ茶を出した。
「どうも腑におちねえんだが」と渡さんが云った、「あんな出がらしの茶なのに、たんばさんが飲むのを見ていると、よだれが出るほどうまそうなんだな、まったくだぜ」
老人は小さな茶碗にほんの少し注ぎ、その茶碗を両手で囲うように持って、尖らせた唇を、ゆっくりと近づけて、さも大事そうに啜るのであった。
客に食事を出すようなことはなかった。どんな物を喰べているかわからないが、老人の食事は朝と晩の二回らしい。着物は木綿のこまかい縞で、縫い張りはよそへ出すようだが、いつも垢のつかないさっぱりした物を着ていたし、冬でも足袋ははかなかった。
たんば老の家には、昼の客と夜の客がある。昼の客は各種の相談ごとが多く、夜の客は殆んどが金銭問題、――というよりもむしんであった。この「街」で金銭を借りることのできるのは老人だけであるし、むしんにいって断わられたという例はないようだ。ないようだというのは、老人から借金をした者は、決して人に語らない。老人はむろん口をつぐんでいるし、借りた当人も人に饒舌るようなことはない。