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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

これはないしょだよ、と老人に断わられるからだ。

「他人に知れると私が困る」とたんば老はやさしく云うのであった、「あんたに貸してほかの者に貸さないというわけにはいかないし、あたしだってそういつも持ってるわけじゃないからね」

そして、返すのはいそがなくてもいい、返せなければ返さなくともいいんだよ、とじつのこもった口ぶりで付け加える。いつ、誰の場合でも云うことは同じだった。或るとき、かみさんの一人がやって来て、うちの宿六に金を貸さないでくれ、と頼んだことがある。金を借りると呑んだくれて仕事にでかけないからだという。そのとき老人は、自分は金など貸しはしないと否定した。

「あたしは貸さないがね」と老人は微笑しながら、なだめるように云った、「男というものには、女房子にも云えないような悩みにぶっつかることがあるもんだよ、女房子を抱えて、こんな荒い世間の波風を乗り切ってゆくのはたいへんなことだからね、本当にたいへんなことなんだよ」

「そりゃあわかってますよ、でも仕事にいってくれなきゃあ、うちの者は飢え死にしちゃいますからね」

「それはそうだ、そうなるとすればことだね」老人は女房の心配に同情の意を表してから、柔和な調子でゆっくりと云う、「ひとつ考えてみよう、そうさ、これはずっと昔の話だが、大工だか指物師だかの職人がいた、女房も子供