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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

「お願いします、おそっさま」おくにさんのとなえるお題目のあいまあいまに、六ちゃんはしんそこ祈るのであった、「――毎度のことで飽き飽きするかもしれないが、かあちゃんのことはよろしくお頼みします、なんみょうれんぎょう」

おくにさんは胸がせつなくなってくる。もうなん年となく同じおつとめを欠かさずやっているのだが、わが子のその祈願を聞くたびに、そのたびごとに胸がせつなくなり、涙がこぼれそうになった。

この子はこんなに親おもいで、こんなにちゃんと口もきける、きっといまに頭もまともになるだろう、おくにさんはそう信じようとする。六ちゃんはそういうかあちゃんの顔を、憐れむような眼つきで見まもり、ちょうど母親が怯えている子をなだめるように、夫丈夫だよ、なにも心配することはないよ、万事うまくいってるじゃないか、気を楽にしなよ、と云いきかせるのであった。

六ちゃんが好きなのはかあちゃんと、「街」の住人である半助と、半助の飼い猫のとらだけで、反対に云えば、この二人と一匹だけは六ちゃんのことを好いていた。その他の人たちを六ちゃんは好かない。かれらは六ちゃんをからかったり、悪口を云ったり、六ちゃんの運転する市電の妨害をしたりする。