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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
それは時間にして十秒くらいのものだったであろう。松井くんが突飛な話題をひねりだすまえに、表のたてつけの悪い格子があいて閉り、障子をあけて閉めて、島さんの妻がはいって来た。片手に湯道具を抱え、片手に濡れ手拭をぶらさげていた。
三人の客はさっと左右に眼をはしらせた。動物園で「ライオンが檻から逃げた」と聞いたときの観客の表情は、そんなふうではないかと思われるような表情であった。
「失礼しよう」と野本くんが云った、「――どうも御馳走さま」
それを聞いてから、奥さんは勝手へいった。
「まあきみ、野本くん」と島さんは片手をあげた、「まだ酒が一本あるんだ、湯豆腐も残ってるし、ようやく始めたばかりじゃないか」
だが松井くんも井河くんも、浮き腰になって馳走の礼を述べ、帰り支度をした。たしかに三人とも島さんには友情を感じているけれども、友情ですら引止めることのできないほどの強力なものが、かれらを追いたてるようであった。
島さんが三人を送りだして、ちゃぶ台の前へ戻ると、勝手から奥さんがあらわれた。彼女の顔は磨きあげた赤銅の洗面器のように、赤くてらてらと光ってい、立ったままで島さんを見おろした。