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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

辰弥はびっくりしたように眼をみひらいた。たんば老人はそっと眼を細めた。

「世間にはよくそういうことがあるんだな」と老人は太息をついてから、やわらかな声で云った、「あとになってから、あのときああしてやればよかったと、悔むようなことが誰にでもある、それがまた、人間の人間らしいところではあるだろうがね」

たんば老人はタバコをすおうかすうまいかと迷うように、みれんらしくキセルと空き罐とを見比べた。

辰弥は家へ帰った。たんば老人の話は、彼に一種のショックを与えたようだ。それがどういう内容のものであるか明瞭ではないけれども、辰弥の顔には急に、幾歳かとしをとった男のような表情があらわれていたし、あるく足どりにも、つねにない力がこもっていた。

「そうだな、それもあるな」

と彼は考えぶかそうに呟いた。

「あにきにはあにきの云い分があるだろう、戦争ちゅう親たちからはなされ、遠い田舎で疎開ぐらしをしていた」

ことによると父や母が、敵の爆弾で死ぬかもしれない、そのときはどうしたらいいか。そういう心配が頭から去るときはなかったにちがいない、それから敗戦になり、家へ帰ると父が死んだ。