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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

なんの注射かはわからないが、そのように数多く打つとすれば中毒性の薬に相違ない。新聞社に勤めている辰弥の頭には、幾種類かの禁制薬品の名がうかび、この医者は信用できないぞと思った。

その病室にはベッドが二つ並んでいた。それ以上は一台のベッドも入れる余地もない狭さで、窓のくもり硝子の多くはひび破れており、そこに紙を貼って保たせてあった。あにきは手前のベッドで、窓のほうへ頭を向けて寝ていた。カバーなしの垢じみた毛布が掛けてあるため、胸から下は見えないが、頭部は眼と鼻と口が覗いているほか、すっかり包帯で巻かれているし、毛布の上に出ている両手も包帯で巻いてあり、どちらも滲み出た血で染まっていた。

「これが本人の所持品です」院長はサイド・テーブルの上にある物を指さした、「見るだけ見てもいいが、係り官が来るまでは手をつけないように、ああ、これは係り官の命令だから」

辰弥は頷いた。

母はあにきの枕許へ走り寄り、頭の上へのしかかるようにして、おろおろと名を呼び、話しかけていた。院長は形式的に脈をみようとさえせず、ぶったくらない病院の経営がいかに困難であるか、とぐちを並べたり、こんどの治療費が意外に高くついたとか、なになにという新輸入の注射薬を使ってみたいのだが、あまり高価なので考えている、などということをくどくどと呟いていた