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どんぐり

寺田寅彦随筆集 第一巻

寺田 寅彦

寺田寅彦『寺田寅彦随筆集 第一巻』。同一底本的分册已合并为一书。收入:どんぐり、科学者と芸術家、旅日記から、竜舌蘭、花物語、芝刈り、球根、簔虫と蜘蛛、ねずみと猫、物理学と感覚、先生への通信、病院の夜明けの物音、病室の花、丸善と三越、自画像、春寒、春六題、田園雑感、写生紀行、笑い、案内者、断水の日。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 203,161 字 · 412 页

青空文庫

いったい自然はどうしていつもの習慣にそむいてこの植物の生殖器をこんなに見すぼらしくして、そのかわりに呼吸同化の機関たる葉をこれほどまでに飾ったのだろう。植物学者や進化論者に聞いたら何かの学説はあるかもしれないが、それにしても不思議な心持ちがしないではいられない。自分はこのような植物の茂っている熱帯の樹林を想像しているうちにシンガポールに遊んだ日を思い出した。椰子の木の森の中を縫う紅殻色の大道に馬車を走らせた時の名状のできない心持ちだけは今でもありあり胸に浮かんで来るが、細かい記憶は夢のように薄れて、ただ緑と赭の地色の上に染め出された更紗模様のように混雑してしまっている。それでもこの寒く冷たい寝床の上で、強烈な日光と生命のみなぎった南国の天地を思うのはこの上もない慰藉であった。

サイクラメンのほうは少し生育が充分でなかった。花にもなんだか生気が少なく、葉も少し縮れ上がって、端のほうはもう鳶色に朽ちかかっていた。自分はこの花について妙な連想がある。それはベルリンにいたころの事である。アカチーン街の語学の先生の誕生日に、何か花でも贈り物にしたいと思って、アポステル・パウルス・キルヘの前のけちな花屋へ寄って、あれかこれかと物色した末に買ったのがこの花であった。