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どんぐり

寺田寅彦随筆集 第一巻

寺田 寅彦

寺田寅彦『寺田寅彦随筆集 第一巻』。同一底本的分册已合并为一书。收入:どんぐり、科学者と芸術家、旅日記から、竜舌蘭、花物語、芝刈り、球根、簔虫と蜘蛛、ねずみと猫、物理学と感覚、先生への通信、病院の夜明けの物音、病室の花、丸善と三越、自画像、春寒、春六題、田園雑感、写生紀行、笑い、案内者、断水の日。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 203,161 字 · 412 页

青空文庫

王妃に扮した女優は恐ろしく肥った女であったが、美しい声で「鏡よ鏡よ」を歌った。それから二三日たって聞いてみると、ちょうどその晩に先生は激烈な腹部の痙攣を起こして大騒ぎをしたとの事であった。先生の目の周囲には青黒い輪が歴然と残っていた。自分はなんという理由なしに、この病気を起こさせた責任が自分らにあるような気がしてしかたがなかった。とにかくおとぎ芝居へ行ったのはただあの時一度だけであった。

五歳になる雪子が姉につれられて病院へ見舞いに来た。始めのうちはおとなしくして看護婦の顔ばかり見て黙っていたが、だんだんに慣れて来て、おしまいにはとうとう寝台の上まで上がり込んで来た。そして枕もとの花鉢をのぞき込んで、葉陰にかくれた木札を見つけ、かなで書いた花の名を一つ一つ大きな声で読み上げた、その読み方がおかしいので皆が笑った。近ごろかたかなを覚えたものだから、なんでもかたかなさえ見れば読んでみなくてはいられないのである。それから後は来るたびごとに寝台にすわりこんで、この花の名を読まない事はなかった。自分は今さらのように「文字」というものの不思議な意味を考えさせられ、また人間の知識の未来というような事についてもいろいろの事を考えさせられた。