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ぞくほうしこう

差別の根源を考える

喜田 貞吉

喜田貞吉『差別の根源を考える』。同一底本的分册已合并为一书。收入:俗法師考、融和促進、融和問題に関する歴史的考察。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 147,985 字 · 289 页

青空文庫

4 五箇所唱門の名義と悲田院の関係

そしてその登大路の故地が、もと興福寺の東御門すなわち奴婢門の付近で、寺賤のおった所であるというのも、またよそごとならず思われる。

4 五箇所唱門の名義と悲田院の関係

ここにおいて試みにいわゆる唱門師という中にも、特にこの奈良の五ヶ所唱門の名義や起原を推測してみたい。その中尾というもののみは今その所在を知るをえぬが、その他の瓦堂・鉾大明神・高御門・木辻西坂の四者は、いずれも旧奈良市街の南方町はずれにあって、旧悲田院の付近に群集しているのであった。その地はもとの元興寺の境内の西南隅から、その境外にわたっておったものである。元興寺は当初興福寺と南北相対して、四町四方、京内十六町の地域を占めておった。それが今の如くわずかに一町にも足らなくなったのは、いつの頃よりのことか不明であるが、興福寺北門外の悲田院がその西南に移されたのも、いずれ元興寺衰頽の後のことと察せられる。『八重桜』には、悲田院はもと元興寺中の一院で、光明皇后開基だとあるが、もとより採るに足らぬ。その所在も元興寺境外である。悲田院がここに移ってからも、社会の落伍者が続々収容せられ、遊行の俗法師、その他浮浪民の徒が尻を据えたのも多かったに相違ない。