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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
吉川英治『忘れ残りの記』。同一底本的分册已合并为一书。收入:忘れ残りの記、年譜。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 193,050 字 · 383 页
ろくに年期サ入れねえで、こげんな絵が描けるちゅう事があンますか」と云ったり「Tさんサ、こんなよく稼ぐ弟子をどッから目ッけて来なすった」と、羨望したりした。また、同じ会津人の寺崎広業門下の芥川某という画学生なども、「君イ。絵が好きなら、なぜちゃんとした日本画家を志さないんだ。広業先生に話してあげるから書生になれ」と、おだてたりした。だがぼくは、とうに画家志望などは捨てていた。苦学生たる事もあきらめている。唯紹介者のYさんの言を力に、一年間は辛抱して、両親や弟妹を東京へよびよせ、細々とでも食ってゆける緒につきたいと、それだけが、目標だった。
――前後するが、ここへ来る前の四月中旬、吉原の大火があった。
それから吉原復興の本普請が出来上るまでの数ヵ月間は、仮店というものであった。独り者のT氏は、従来、必ず月二回吉原で必要を処理することを、その貯蓄思想や暇を惜しむ点からも、規定していたらしいが、仮店風景となってからは、面白さも加わり、ぼくという留守番もできたせいか、俄然、回数がひんぱんになっていた。
だから週に幾晩かは、ぼく一人である。かかる夜は愉しかった。