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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页
まだ堀のからだは丈夫だった。銀座の表通りに出ると、風が突然烈しく吹き出し堀はも一軒寄る処があるといって別れた。その日の印象は津村が煙草をのんでいたこと、明るく黄濁した病室の西日の色、にこにこしていた津村の顔の外はなにも覚えていない。
堀辰雄の印象は表通りに出て、突然の烈しい風に堀もうつ向き、僕も帽子を手で抑えて突然の寒さに、散歩もむだな気がして同時に別れたことだった。そういう散歩の取り止めがさびしく心を領する時があるものだ、僕の行きつけの酒場に行こうと誘うたにちがいないが、堀は酒を好かなかったので、体裁好く、も一軒寄る処があると同じことを言って別れたのである。ああいう晩に何処に寄る処があったのだろうと、体裁でそう言ったのではなく、本当に何処かに寄ったものに思えた。
津村信夫、明治四十二年一月五日 神戸市葺合区熊内通に生まる。父、津村秀松、兄、津村秀夫、雪中尋常小学校及び県立神戸一中を経て、昭和三年四月慶応義塾大学に学ぶ。
最初『アララギ』により短歌にいそしみしが、後に白鳥省吾の『地上楽園』による。
昭和七年一月植村敏夫、中村地平、兄秀夫とともに文学同人雑誌『四人』