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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页
だが、結婚はすぐしたくても寄り手のない私は、何故、暮鳥が毎日私をなぐさめているのか、その原因が何処にあるのか判らなかった。
暮鳥は間もなく私の宿を立ったが、その折に風呂敷包から取り出して見せてくれた、『ドストエフスキイ書簡集』は、大正七年に新潮社から出版された。この翻訳著書は私には暮鳥の根気一杯の仕事だったように思われ、彼の重要な詩集よりも、もっと深刻な思い出を強制して来ていた。そして彼が貧乏書生の私の下宿に身を寄せた原因が、どこにあるのか、いまだに解っているようで、判らない。暮鳥は茨城の田舎に帰郷すると、すぐ同人費五円を送付して来た。彼も苦しかったろうが、私も窮し果てていたのだ。その後も、暮鳥からはどうして私を突然訪ねたかも報らせて来ないし、私もついに、それを糺す手紙も書かないまま、いまだに、暮鳥を想うとその謎が浮んで来るのである。
印象
むぎのはたけのおそろしさ……
むぎのはたけのおそろしさ
にほひはうすれゆくゐんらく
ひつそりとかぜもなし
きけ、ふるびたるまひるのといきを
おもひなやみてびはしたたり
せつがいされたるきんのたいやう
あいはむぎほのひとつびとつに